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京都地方裁判所 平成元年(ワ)1881号 判決

原告

北村豊藏

西村光雄

辰巳行正

西村善四郎

右四名訴訟代理人弁護士

橋本盛三郎

浜田次雄

松浦正弘

被告

橋本等

鈴木勇

中西正勝

澤田留三郎

大岡馨

右五名訴訟代理人弁護士

小林昭

南出喜久治

主文

一  被告らは、各自、次のとおり、原告らに対し、次の各金員及びこれらに対するそれぞれ平成元年八月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(一)  原告北村豊藏に対し金五三五万四、四〇〇円。

(二)  同西村光雄に対し金七六一万三、七二四円。

(三)  同辰巳行正に対し金一八七万九、二七八円。

(四)  同西村善四郎に対し金二五万七、八二六円。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告らは、各自、次の金員を支払え。

一原告北村豊藏に対し金一、八四〇万円。

二同西村光雄に対し金二、六一六万四、〇〇〇円

三同辰巳行正に対し金六四五万八、〇〇〇円

四同西村善四郎に対し金八八万六、〇〇〇円

五右原告らそれぞれに対し、右各金員に対する平成元年八月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員。

第二事案の概要

一請求の類型(訴訟物)

本件は、訴外明星自動車株式会社(以下、明星自動車という)の株主である原告らにおいて、当時明星自動車の取締役であった被告らに対し、右会社が行った第三者割当ての方法による新株発行につき、任務懈怠があるとして、商法二六六条ノ三、民法七〇九条による損害賠償を請求するものである。

二前提事実(争いのない事実等)

1  明星自動車

明星自動車は、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(貸切バス事業)等を営む会社である。資本金は六、五〇〇万円、発行済株式総数は一〇万株(一株の額面金額五〇〇円)である。

2  当事者

(一) 原告らは、昭和六一年八月一六日ないし同月二〇日当時、明星自動車の株主である。

(二) 昭和六一年八月一六日ないし同月二〇日当時、被告らは、いずれも明星自動車の株主であり、その取締役である。被告橋本、同鈴木は、代表取締役であった。

3  原、被告らの持ち株数

(一) 原告らの持ち株数

(1) 北村豊藏 九、二〇〇株。

(2) 西村光雄 一万三、〇八二株。

(3) 辰巳行正 三、二二九株。

(4) 西村善四郎 四四三株。

(二) 被告らの持ち株数

(1) 橋本等 一万三、五二三株。

(2) 鈴木勇 一万三、五二三株。

(3) 中西正勝 三、三〇〇株。

(4) 澤田留三郎 二、四五六株。

(5) 大岡馨 八二三株。

(三) その他の者の持ち株数

原、被告らの右持ち株を含むその他の者の持ち株数は、別紙株主明細表のとおりである。

4  本件新株発行

(一) 明星自動車は、昭和六一年八月二〇日、以下のとおり、第三者に対する特に有利な発行価額で新株を発行した。

(1) 新株式発行数 記名式普通額面株式二万株。

(2) 最低発行価額 一株につき金一、〇〇〇円。

(3) 払込期日 同月一九日。

(4) 割当方法 ジャルファイナンスに対する第三者割当。

(二) 右新株発行は、同月一六日開催の株主総会において、賛成四万五、六三二株、反対二万〇、五七一株で可決された。しかし、西村光雄に対しては、右株主総会招集通知がなされておらず、同人は右総会に出席しなかった。

5  本件新株発行前後の各種訴訟の経緯

(一) 西村光雄の株主の地位

(1) 本件原告西村光雄は昭和六〇年に、明星自動車を被告として株主の地位確認請求訴訟を提起し、同六一年一月三一日、請求棄却の判決があり、同年五月三〇日、控訴棄却の判決があった。

(2) しかし、同六三年三月一五日、上告審において、原判決破棄、一審判決取消、西村光雄が明星自動車の株式一万三、〇八二株を有する株主である旨確認する判決があった。

(二) 本件新株発行無効の訴え

本件原告北村は、本件新株発行について、新株発行無効の訴えを提起したが、昭和六二年一二月一七日、請求棄却の判決があり、その後、控訴棄却、上告棄却の判決があった。

三争点及び当事者の主張

1  争点

(一) 本件新株発行の目的

(二) 任務懈怠ないし違法行為

本件新株発行につき、取締役である被告らに、次の点に任務懈怠ないし違法行為があるか。

(1) 支配目的の発行

(2) 有利発行

(三) 新株発行の効力と取締役の賠償責任

新株発行無効の請求棄却の確定判決と、取締役の責任との関係。

(四) 悪意、重過失の存否。

(五) 損害。

2  原告らの主張

(一) 本件新株発行の目的

本件新株発行は、被告らの会社支配権確立を目的としたものである。

(二) 任務懈怠ないし違法行為

(1) 支配目的による新株発行は、著しく不公正な方法によるもので、取締役としての任務懈怠ないし違法行為に当る。

(2) 本件新株発行は、特に有利な価額の一株一、〇〇〇円で、第三者(ジャルファイナンス)に引受けさせたものである。株主総会の特別決議があるが、これは、原告西村光雄(当時の持ち株数一万三、八〇二株)に対する招集通知をしなかったもので、取締役たる被告らに任務懈怠ないし違法行為があることに変りがない。

(三) 新株発行の効力と取締役の賠償責任

本件新株発行の無効確認請求棄却の確定判決は、新株発行の後は、著しく不公正な方法による新株の発行が新株発行の無効原因に該当しない、あるいは、特段の事情のない限り新株発行無効の訴えの事由たりえない、というにすぎない。本件新株発行が著しく不公正な方法でないことを確定したものではない。したがって、新株発行の効力が無効でないとしても、被告らの任務懈怠ないし違法行為を否定するものではない。

(四) 悪意重過失の存否

被告らは、本件新株発行により、原告ら株主に損害を与えることを知り、また、容易に知り得たのであるから、前示任務懈怠につき悪意、重過失がある。

(五) 損害

(1) 本件新株発行前の明星自動車の株価(発行済株式総数八万株)は、一株金八、六二三円を下らなかった。ところが、前示の違法な任務懈怠に基づく本件新株発行によって、株価は一株当り金七、〇九九円に低下した。したがって、原告らは、一株当り金一、五二四円の損害を被った。

(2) 本件新株発行により、原告らの株式比率は、大幅に低下し、原告らは精神的苦痛を被った。

(3) 以上による損害を合計すれば、原告らの損害は、一株あたり金二、〇〇〇円が相当である。

3  被告らの主張

(一) 本件新株発行の目的

本件新株発行は、次のとおり、明星自動車の財務の体質改善とジャルファイナンスとの業務提携とを目的としたものである。

(1) タクシー業界の規制緩和による今後の競争激化に備えた、明星自動車の自己資本の拡充、財務体質の改善。

(2) ジャルファイナンスが営む自動車リース業につき、リース車両の整備を明星自動車が請負う等の業務提携。

(二) 任務懈怠ないし違法行為

(1) 本件新株発行は、株主総会の特別決議を経ている。また、当時、原告北村申請の本件新株発行差止の仮処分申請が却下された。だから、取締役の会社に対する任務の懈怠はない。また、これは、取締役の正当な職務行為であって、これに違法はない。

(2) なお、本件株主総会招集通知当時、原告西村光雄提起の株主の地位確認請求訴訟につき、請求棄却の一審、控訴審の判決がなされていた。これを覆す上告審判決は未だ出されていなかった。被告らは、右一審及び控訴審判決にしたがって、右西村光雄を株主ではないものと扱い、株主総会の招集通知をしなかったのであり、これに任務懈怠はない。

(三) 新株発行の効力と取締役の賠償責任

本件新株発行には、その無効確認請求を棄却した確定判決がある。これによって、本件新株発行は確定的に有効となり、これが被告らの正当な職務行為であることが確定した。したがって、本件新株発行につき、被告らの賠償責任を認める余地がない。

(四) 悪意、重過失の存否

本件新株発行は、前示株主総会の特別決議と、仮処分却下決定という、公的判断にしたがって行なったもので、被告らに悪意、重過失はない。

(五) 損害

株価の下落は、正当な本件新株発行の反射的効果であって、損害とはいえない。また、株式比率低下による慰藉料もあり得ない。

四争点に対する判断

1  本件新株発行の目的

(一) 事実の認定

証拠(被告橋本、同中西、〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 昭和三三年一二月、京都、滋賀の旧進駐軍の離職者によって、その自立更生を目的として、タクシー会社である明星自動車を設立した。

(2) この設立は、原告北村(関西駐留軍労働組合副委員長)、同西村光雄(同会計監査)が中心となって行なったものである。

(3) 昭和四三年五月、原告北村が代表取締役を解任され、同西村光雄が代表取締役に就任した。

(4) 昭和五〇年一二月、原告西村光雄が解任され、被告橋本が代表取締役に就任した。

(5) 被告橋本、同鈴木は、右(3)、(4)のとおり、創業の功労者である原告北村、同西村光雄を解任し、明星自動車の代表取締役になった。こうして、被告派株主と、原告派株主の対立、抗争が始まった。

(6) 昭和五六年ころ、明星自動車の株主の親睦団体である星友会のメンバーの間で、訴外エムケイ株式会社が明星自動車の株式を取得している、との噂がたった。そこで、エムケイによる会社支配を恐れた右星友会のメンバーは、会社への事前通知なしに保有株式を他に譲渡した場合には、一定額の違約金を支払う旨の誓約書を取り交わした。

(7) 本件新株発行当時、原告西村光雄はエムケイに勤務しており、その保有する明星自動車の株式はエムケイが競落していた。また、原告西村善四郎は、西村光雄の弟である。原告辰巳行正も、当時、エムケイに勤務していた。

(8) 本件新株発行当時、原告らと被告らとの間に、明星自動車の支配権をめぐる争いがあった。原告らの背後には、貸切バス事業への進出を企画するエムケイが存在する。

(9) 本件新株発行当時、明星自動車は借入金に頼る割合が極めて大きかった。

(10) 明星自動車の本件新株発行の発行価額一、〇〇〇円は昭和五九年九月に同会社が明星観光に対して新株を発行した際の発行価額三、九〇七円と比較して著しく低額であった。

(11) 本件新株発行後、ジャルファイナンスとの業務提携は全く具体化、進展していない。

(二) 検討

(1) 以上の各事実、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次のように認められる。

本件新株発行は、主として、明星自動車の支配株主である被告らが、その取締役たる地位に基づき、同社がエムケイに同調する株主により支配されてこれに乗っ取られることを嫌い、主として、被告派の支配権を維持確立するため、同派の意向に従う安定株主を創出する目的をもってなされたものである。そこに業務提携の目的がとくに存在したものではなく、資金調達の目的は、皆無とはいえないまでも、極めて比重の少ないものであった。

(2) この点につき、〈書証番号略〉によれば、ジャルファイナンスの取締役である湊和一が、別件訴訟において、明星自動車との業務提携が具体化せず、進展しなかった理由として、ジャルファイナンスの方で業務提携を現実化するに足るだけの人員が不足している旨を証言している。これによっても、真実に業務提携の目的があったことが推認できないのみならず、却って、ジャルファイナンスにおいて、業務提携の現実性につき事前にほとんど検討していなかったことが窺われる。また、本訴では、これと異なり、被告らは、本件新株発行をめぐる訴訟があるので、業務提携の推進を避けた、と供述したりもするが(被告中西本人)、遽かに措信できない。したがって、これらの証言、供述をもって、業務提携の目的で本件新株発行が行なわれたものと認めることができない。

(3) 被告橋本、同中西は、本人尋問において、本件新株発行の目的は、資金調達、自己資本拡充にある旨陳述する。なるほど、前示(一)の冒頭掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、タクシー業界の規制緩和による競争激化に備え自己資本拡充の必要性はこれを認められないこともない。しかし、前認定(一)(10)のとおり、本件新株発行の割当価額は相当低額である。また、証拠(〈書証番号略〉、被告橋本、同中西)によれば、一株あたり一、〇〇〇円という本件新株発行の割当価額決定につき、明星自動車とジャルファイナンスとの間で格別の交渉もなく、明星自動車の側から右価額での割当を申し入れていたと認められる。これらの事実を考え併せると、自己資本拡充の目的は強いものではなく、それは、前示支配目的に比し極めて小さいものであったと推認できる。これに反する前記橋本、中西の陳述は、曖昧であり、遽かに措信できない。他に、右認定を覆すに足る的確な証拠がない。

2  任務懈怠ないし違法行為

(一) 支配目的の新株発行について

(1) 取締役は、授権資本制の下において、会社の資金調達のための新株の発行と、その自由な割当ての権限を有する。しかし、誰が会社支配権を獲得すれば会社にとってより有益かについて、決定する権限を有しない。他方、株主は、会社役員の選、解任権を通じ、会社を支配することが許されている。したがって、会社の株主の間で支配権争奪がある場合に、取締役は厳に中立を守り、これに介入すべきではない。

とくに、取締役自信が株主である場合は、自己の利害関係と全く離れて、中立の立場から支配権の帰すうを判断し得るとは、到底考えられない。このような場合は、いきおい、自派の支配権を永続するための新株発行をすることになり、取締役の忠実義務に違反する。

したがって、支配権の争奪への介入を主要な目的とする新株発行は、不公正な方法によって新株を発行するものである。これは、取締役の法令を遵守し、公正な方法に基づき新株を発行すべき義務に違反する任務懈怠ないし違法行為に当ると考える。

(2) 被告らは、前認定のとおり、エムケイによる明星自動車の乗っ取りに対抗するために本件新株の発行をしたものといえる。しかし、乗っ取りの対抗措置といっても、基本的には前示の取締役の支配権紛争への介入であることには変りがない。したがって、乗っ取りを企てる者が、会社を害する意図を有し、乗っ取りによって会社が壊滅させられることが明らかな場合等、特段の事情がない限り、支配目的の新株発行は、なお、取締役の違法な任務懈怠行為に当るというべきである。

(二) 有利発行について

会社が株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行するには、これに関する株主総会の特別決議が必要である(商法二八〇条ノ二第二項)。取締役はこの適法な総会の特別決議を経るべき任務があり、これを経ないで新株の有利発行をした場合には、これが任務懈怠に当ることはいうまでもない。

本件新株発行は、前認定のとおり有利発行に当るが、形式上、株主総会の特別決議を経ている。しかし、被告らは、本件新株発行当時一万三、〇八二株の株主であった原告西村光雄に、右株主総会の招集通知を殊更にしなかった。もとより、右原告は反対派株主であって、これが反対票に加われば本件特別決議は否決される関係にあった。とすれば、右特別決議は違法なものであって、適法な特別決議を了すべき任務を怠ったものというべきである。

被告らは、新株発行当時、原告西村光雄提起の株主の地位確認請求を棄却する一、二審判決があったことをもって、被告らに右任務懈怠はないと主張する。しかし、右一、二審判決は、その後、最高裁判決(上告審判決)により取消され、原告西村光雄が株主たる地位を有することが確認された。とすれば、被告らのこの点に関する悪意、重過失等の主観的容態は別として、客観的には、原告西村光雄に右株主総会の招集通知をし、新株の有利発行につき適法な特別決議を経るべき任務があり、被告らがこれを懈怠していたことは明らかである。

さらに、被告らは、右特別決議について取消の訴えが提起されていないことをもって、取締役である被告らの新株発行に任務懈怠はない、とも主張する。しかし、既に新株の発行がなされた場合には、その株主総会決議取消の訴えの利益は消滅し、取消の訴えは提起できない(最判昭和三七・一・一九民集一六巻一号七六頁)。したがって、取消の訴えの提起がないことによって、取締役の右任務懈怠ないしその違法性が解消するものではない(なお、最判昭和四〇・一〇・八民集一九巻七号一七四五頁参照)。

3  新株発行の効力と取締役の賠償責任

(一) 本件新株発行につき、原告北村が提起した新株発行無効の訴えにつき、請求棄却の判決が確定したことは当事者間に争いがない。被告らは、右確定判決により本件新株発行が確定的に有効となった以上、本件新株発行を行なった被告らの行為にはなんらの任務懈怠もない、と主張する。

(二) 右新株発行無効の訴えは、新株発行の無効を請求原因とするもので、新株発行の効力が判決により確定される。それゆえ、新株の発行に関する取締役の職務の執行に任務懈怠ないし違法な点があっても、右無効原因がない場合には、請求棄却の判決がされる。即ち、新株の発行の無効と取締役の任務懈怠とはその範囲が完全に一致するものではない。なぜなら、新株発行無効事由の有無は、新株発行の効力を否定すべきかどうかという、新株をめぐる集団的法律関係の画一的処理や取引の安全に重点をおいて判定すべきものである。これに対し、取締役の任務懈怠の有無は、取締役がその職務を遂行するについて会社に対する任務の懈怠があったか否かという取締役の義務と責任ないしその帰責事由が当面の問題であり、右の外部的な取引の安全等の要請は少ない。このように、両者は、自ずとその視点を異にする問題であって、新株発行無効事由の不存在が取締役の任務懈怠の有無の判断の先決問題となるものではない。また、新株発行無効の訴えが棄却され、新株発行が確定的に有効になったとしても、取締役の任務懈怠による責任が排除されるものでもない(最判昭和四〇・一〇・八民集一九巻七号一七四五頁参照)。

したがって、新株発行無効の訴えを棄却した確定判決をもって取締役の任務懈怠を否定する原告らの主張は採用できない。

4  悪意、重過失の存否

(一) 前示認定判断のとおり、被告らは、取締役として会社に対する前示任務懈怠につき、反対派の原告ら株主の持ち株比率を低下させ、自派の支配権を維持確立する目的を持ち、又は反対派の原告北村に敢えて特別決議のための株主総会招集通知をせず、適法な特別決議をしないまま本件新株の発行をしたものである。これをいずれも被告らの支配目的の下に、しかも、特に有利な価額で、それが不公正なことを知りつつ行なったもので、この任務懈怠に悪意、重過失があることは明らかである。

(二) 被告らは、本件新株発行につき、前示招集通知を欠く特別決議を経たことをもって、悪意重過失がないという。しかし、支配目的の下になされた本件新株の有利発行につき、それが理由のないことは、前示説示に照らし明らかである。

また、被告らは、本件新株発行当時、発行差止の仮処分の却下決定があったことをもって、悪意重過失を否定すべき根拠としている。しかし、前示のとおり、任務懈怠の悪意重過失があることが明らかである本件新株の発行につき、その発行当時、仮処分の却下という暫定的な判断があったという一事をもって、これに符合する被告ら取締役の新株発行につき、悪意重過失を否定することはできない。

5  損害

(一) 損害の有無、額

支配目的による新株発行により、特定の既存株主に損害が発生する。それは、同人の旧株式の持ち株比率の低下とそれによる会社に対する割合的地位の相対的低下、議決権を中心とする会社支配力の低下である。しかし、その支配的価値の低下による具体的損害額の算定は極めて困難である。

他方、有利発行による損害は、その発行価額を本来会社に払込まれるべき適正な発行価額(旧株価より低額となる)との差額が損害である。これは、本来会社に対する賠償責任の追及により処理すべき問題ともいえなくもないが、既存株主は、市場の株価下落などのいわゆる直接損害を受けたときは、それが特定の反対派株主を害する意図の下になされた加害である限り、その下落額を損害として取締役の第三者に対する責任を追及できる。

ところで、本件においては支配力低下の損害、有利発行による市場の株価下落額について具体的な主張立証がない。

しかしながら、本件では、支配目的の新株発行が有利発行と併せて行なわれている。このような場合には、本来なすべきでない新株の発行がなかったならば、維持していたであろう株式の従前の時価と、有利発行による株価の計算上の低下との差額をもって、損害額と認めるのが相当である。

なぜなら、支配目的がある以上、適正発行価額によっても新株を発行すべきでなかったといえるからである。そして、支配力低下、有利発行の競合による損害は、少なくとも、右の差額を下らないというべきである。

(二) 損害額の計算

(1) 証拠(〈書証番号略〉)によれば、明星自動車は、本件原告北村を原告とする本件新株発行無効訴訟において、従前その株式の時価を一株三、九〇七円と自白していた事実が認められる。右事実、1(一)(10)のとおり昭和五九年九月に明星観光に新株を割当てた際には、一株三、九〇七円であった事実、及び弁論の趣旨を総合すれば、本件新株発行直前の明星自動車の一株当りの価値は三、九〇七円を下らないと認めるのが相当である。

この点につき、原告らは一株当りの時価を八、六二三円であったと主張するが、これに副う私的鑑定評価書(〈書証番号略〉)は、総資産額と類似業種比準方式を算術平均したものにすぎず、比較的時価に近い後者の方式による価額は、三、五六二円としていることに照らしても、前示認定を左右するに足らず、遽かに採用できないし、他に、右事実を認めるに足る的確な証拠がない。

(2) 本件新株発行直前の一株当りの価値が三、九〇七円であったとして、従前の発行済株式が八万株、本件新株発行により一株当り一、〇〇〇円の二万株分の払込みがあったことにより、新株発行後の一株当りの価値は、三、三二五円に相当すると推認される。

(3,907×80,000+1,000×20,000)÷100,000=3,325

したがって、本件新株発行により、原告らは、その保有株式一株当り五八二円の損害を被ったものと認めるのが相当である(3,907−3,325=582)。

よって、原告らの損害額は、この一株五八二円の損害に前示持ち株数を乗じた額となる。即ち、原告北村が五三五万四、四〇〇円、同西村光雄が七六一万三、七二四円、同辰巳行正が一八七万九、二七八円、同西村善四郎が二五万七、八二六円となる。

(三) なお、原告らは、株式比率の低下による精神的損害をも主張するが、右損害賠償のほか精神的損害賠償を相当とすべき的確な証拠がなく、これを認めることができない。

6  結論

よって、原告らの請求は主文第一項の限度で理由があり、その余は失当である。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官中村隆次 裁判官佐藤洋幸)

別紙

株主明細表

株主氏名

所有株数

橋本 等

一三、五二三

鈴木 勇

一三、五二三

西村 光雄

一三、〇八二

北村 豊藏

九、二〇〇

中西 正勝

三、三〇〇

辰巳 行正

三、二二九

沢田 留三郎

二、四五六

北川 敏二

一、九二〇

土岐 修一

一、二四四

一〇

白井 芳三

八九七

一一

大岡 馨

八二三

一二

田中 淳一

八〇二

一三

石垣 末吉

七一五

一四

西村 善四郎

四四三

一五

加島 次男

三五三

一六

大宅 善三郎

三一六

一七

上野 安丕

二九一

一八

中西 久治

二九一

一九

松山 友明

二四四

二〇

角谷 長三郎

二四三

二一

堀 正一

二二八

二二

中嶋 一彦

二二八

二三

樫田 勇

二二八

二四

高田 貞藏

二二八

二五

藤本 健司

二一九

二六

鈴木 貞一

二〇〇

二七

池部 千代子

一九四

二八

小林 一樹

一八八

二九

長谷川 甚吉

一八一

三〇

杉田 恵三

一八一

三一

田中 道子

一六五

三二

杉原 邦彦

一六五

三三

宮崎 政彦

一六五

三四

前川 伸一

一六五

三五

南 好夫

一六五

三六

沢井 一雄

一四〇

三七

小松 喬一郎

五〇

三八

藤谷 藤吉

一五

三八名

七〇、〇〇〇株

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